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④ヒマラヤトレッキング ランタン谷とコサインクンド  [ヒマラヤ・ランタンリルン]

11月28日(金)
シャブルベジ(シャブルベンジ)からラマホテル(地名)(高度差1、070m)

6時半起床。シャブルベジの雰囲気は昨晩遅く着いたのでまだつかめていない。街道に面したテラスからは既に慌ただしく動く街の風景が目にはいる。ダウンチェに向かうバスが2台待機し、屋根にまで乗客が乗り、まさに鈴なりの状態。東南アジアで見る景色そのままだ。こんな小さい街にどこからこんな人が出てきたのか不思議なくらいだ。シャブルベジは谷間で日が射し込むのが遅く、標高1,400mと言うこともあってさすがに朝の冷え込みに身が引き締まる思い。

外に出て近くを散策。街道の右手にはボテコシが流れている。この川の上流はチベット国境。その国境から南下してシャブルベジを通り、カトマンドゥに向かう大河だ。
8時20分準備を整え出発だ。いよいよ本格的な11日間のトレッキングの開始。今までの経験では想像もつかない長丁場、未体験の高度挑戦も含めて不安にもなるし身が震える思いだ。
街道をほんの1,2分北に向かうと直ぐ右手のボテコシに向かって草道を下る。入山のチェックポイントがあり、パスポート番号や氏名などをノートに書き込む。下りきった先の吊り橋を渡り表示に従い右手の道をラマホテルに向かう。

今回の目的であるランタン谷は1949年イギリス人のティルマンがそれ迄地図上は白紙だったエリアを探検し、世界に“最も美しい谷の一つ” として紹介して以来トレッキングのメッカになった。緑が豊富なことと、7,000m級の山々はヒマヤラの中でも独特の魅力を持っているそうだ。しかし後で分かったことだがここはソルクーンブやアンナプルナに比べればマイナーなルートだ。それはトレッカーの数で分かる。

 吊り橋を渡って右手に道をとるとボテコシから離れて、支流のランタンコーラの右岸を遡行する。遡行と言ってもなだらかな道だ。足慣らしには有り難い。チベタン・キャンプを左手に見ながらその先を左岸に渡る。緑の豊かな日本の山間部と何も変わらない景観。ヒマヤラにいることを忘れてしまうほどだ。2時間ほどでドミン(1,680m)に着く。

ここまではほとんどなだらかな上りでまさに鼻歌交じりのトレッキングだ。この先はいよいよ本格的な山道。ここでティーを飲んで一休み。ランタンコーラのコーラは日本で言えば小さな川、支流という意味らしい。30分ほど休んで11時出発。両岸の山も近くに迫り漸く山岳らしい景観になる。渓谷の向こうに高い山が見えるがランタンの一部、だがお目当てのランタン・リルンは未だ見えない。アップダウンはあるものの着実にスローな上りなので肉体的には大した負担にならない。左岸にランドスライド(崖崩れ)があり、そのままネーミングしたランドスライドロッジ(1,810m)を通り過ぎ、パイロ、ホットスプリングロッジを経由して1時にバンブーロッジ(1,960m)に着く。途中にトゥルー・シャブルへの道が分岐していたはずだが、気が付かないうちに通過したようだ。それとホットスプリングホテルには温泉があったことにも気が付かなかった。

バンブーロッジは開かれた燦々と日が射し込む一寸したリゾートの雰囲気の空間。いかにも西欧人好みの作りになっている。ここで昼ご飯を食べる。2時半には出発。出た直ぐ先にモンスーンで流されたロッジ跡があった。今では跡形もなくただ瓦礫に埋もれている。その当時の被害を聞いたが幸い日中に崩壊があったため全員無事であったと聞き、ホットした。怖ろしい話だ。

 数十メートルはあるだろう樹林帯の中を木漏れ日を受けながら歩く。サンタに言われて対岸の岸壁に目をやると縦長の白い袋状のものがいくつもぶら下がっている。サンタはルートファインディングだけでなく、その場の情報を見落とすことなく案内してくれる。彼の説明ではヒマヤラにしかいない蜂の巣だそうだ。

この蜂蜜は貴重で普通の蜂蜜の何倍もする高価なもの。蜂蜜は一寸口にするだけで効果百倍(何がだろうと想像逞しくする)だそうだ。





その先でサンタが興奮して木の上を見るよう言った。なんと顔の周りに飾りを持った銀色の大型のサルの集団だ。おそらく20匹以上はいただろう。この地方ではラングールモンキーが生息すると聞く。まさにその猿だ。近づいても逃げようとしない。カメラを用意して連写する。サンタは棒をたたいたり回したりしてからかうがお構いなし。しばらく猿の行動を観察する。

ランタンコーラの水流も狭いところを岩に阻まれながらの流れだから激しい奔流となっている。見事な勢い、美しさだ。リムチェ・ロッジまで2時間弱かかったか。適度な勾配となだらかな下りを繰り返しながら、確実に高度を稼いでいる。そうはいっても崖をトラバースしたり、一人がやっと歩ける道は一歩間違えれば断崖の下。氷のようなコーラに沈むことになる。一寸緊張する瞬間だ。

リムチェ(2,400m)はロッジとはいえ10代半ばの少年が番をしているだけの小屋。ティーとビスケットで一息つく。既に4時半近く。谷間なので既に日差しは天空にしかなく薄暗い、そして肌寒くなってきた。樹林帯の中をひたすら歩くと30分で今日の宿泊地、ラマホテル(2,470m)だ。数件のロッジが道沿いに並んでいる。 そう言えばドミンで出会った10人近い日本人が確かここで泊まっているはず。JALのOBの団体だそうだ。顔を知っているわけではないが相棒の職場の先輩でもあり、彼も気になっていたようだ。ロッジで荷を置くと彼は彼らを訪ねて下のロッジに下りていった。実はここでも一寸したトラブルが起きた。相棒はサンタに対する不信が募り、彼の選ぶロッジが不満のようだ。裏取引がある、とか。何故もっといい条件のロッジにしないのか、と言う。しかし何処が良いか悪いか、は判断しがたいし、ある意味サンタが気心通じているお陰で顔を洗う湯を分けてもらえたり、ブランケットの手配もしてくれる。この対立は結局最後の最後まで尾を引くことになろうとは。

 相棒が帰ってきて下のロッジが明らかにいいと言い出した。そのあげく変えてもらおう、とまで言い出す。この場は納めて何とかそのままとしたが、相棒とサンタの対立は自分との対立になって仕舞う結果ともなった。
 ヒマラヤに入れば何処でもチベット系の人々の世界。薄汚いが、間違いなく日本人に近い顔だし、感性的にも親近感を覚える。谷間と言うこともあり厳しい寒さもなく渓流の激しい囂々とした音を子守歌に熟睡する。


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