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「人間の條件」を見て [映画]

血熱き青春時代に上映されていた映画であったのに、映画に興味がなかった事もあったのだろう、題名を記憶する程度の印象しかなかった。この一週間NHKで放映されたので今度こその思いで毎晩を楽しみにした。

こんな主張性の強い映画が日本にあったのかというのが感想だ。ロマン・ローランのジャン・クリストフやマルタン・デュ・ガールのチボー家の人々など長編小説を読みあさった青春時代があったが、日本作家の私小説的世界には違和感を覚え読まず嫌いであったことも無視した理由だったかもしれない。

これを反戦映画と見るとしたら一面的すぎるように思える。仲代達矢が上映当時に鑑賞者からの「現実にはこのようにヒロイックな兵隊はリアルではない」と非難されたそうだが、底流に流れる精神的構造、あのようなヒロイックなものを持っていた人が梶以外にも多くいたはずだ。

世の中は世の中を代表し、組織のトップとしてリーダーシップを発揮するタイプのみをヒロインとして崇めてしまうが、時代を作る人間は実は水面下で地の塩として支える隠れたヒロインもいないと実現できないことに気がつく。

そして生きること、信念を貫き通すことは場合によっては決して純粋さだけ、直向きさだけでは難しいし、場合によっては乗り越えていかなければならない矛盾も多々あることを人間の條件では示しているように思う。

梶が上下関係を越えた人間関係を作ろうとして上司と戦い、軍隊と戦い、仲間と戦い、でも現実には仲間を失ってでも先に進む、生きるためには殺人もせざるを得なくなった経緯に心を痛めながら、それで得られる正義のためならと自責を引きずりながら先に進む姿は今日の日本社会に最も欠けている生き様ではないだろうか。この映画を単なる反戦映画としてではなく、今日の日本社会への警鐘としてしっかり受け止めておきたい。
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