12月21日(日)から24日(水)エピローグ

マカルーのアプローチはヌムまで自動車が入れるようになって楽になった。自動車が走るようになったのは3年前からと聞く。ついこないだまでチチラからトレッキングを開始するのが普通だったらしい。私たちは幸いジープでヌムまで簡単に着くことが出来たが、数年前だったらさらに1週間弱のトレッキングが必要だった。

ガイドのダワさん達は故郷のヌルムガオンから彼らの足でもカンダバリまで下りるのが大変だったと述懐している。




(正装をしたシェルパ族)

ジープは順調にカンダバリに向かっていたが、途中チチラでの検問で一悶着が起きた。ジープの屋根に積んだ荷物は法規違反なので下ろせと言うことだ。行きには何の問題もなかったのにどうしたことだろうと訝った。場合によっては袖の下をもくろんでいるのではとも疑った。

最終的にはたまたま通りかかったジープと交渉して荷物を分散して事なきを得たが、ここに来て法規の運用が厳密になってきたようだ。しかし法律遵守は当然の事だが、その運用が場合によってあるいは担当者によって様々だというのはまだまだ法治国家にはほど遠いことを示している。だから袖の下が暗黙の了解事項にもなってしまう可能性を秘めている。開発途上国ではよく見られる現象ではあるのだが。

カンダバリで泊まる予定だったが、飛行場の近くにいいホテルがあるらしいとの情報で先に進む。

ところがそのホテルは未だ未完成、一階と2階が使用可となっているが階段には柵もない。バスが使えるはずと聞いたが使用出来ない、お湯は、と聞くとバケツに持ってきますだと。嘘つきと罵倒したくなったが、ダワさんのはからいで自家用のホットシャワーを使用させて貰らうことで解決した。

(エベレスト)


    (ガウリシャンカール)

翌日のフライトは予定通りでカトマンドゥに飛び立った。快晴の青空にはエベレスト、ガウリシャンカールなど美しい山々が見送ってくれた。

やれやれといつもの定宿、サムサラホテルでゆっくり風呂でも浴びよう。ところが相変わらずのホテル事情。今日こそとバスタブで風呂浴びを待ち焦がれていたのにお湯が出ない。昼過ぎから何度もフロントとやり取りをしても埒があかない。すぐに出ますので待って欲しい、の繰り返し。夕刻にはさすがに切れてフロントで机を叩いて怒りをぶつけてしまった。それを見ていたボーイが近づいてきて私が何とかします、すぐに部屋に伺いますとのことになった。

今度はすぐにボーイがノックして、隣の部屋で準備をしておきましたからと言ってくれた。ご希望なら部屋も変更しましょうか、と言われたのだが、既に荷物は床にまき散らした後なので風呂だけを貰うことにする。このような事件は恒例なので入室の際に全部確認をしているのだが。いい加減さには慣れてはいたが、一番バスタブを望んでいた肝心の今日の今日はさすがに怒り心頭に発した。

今回のトレッキングを振り返って危険の予測、判断がいかに難しいのかと言うことだ。結果論としては自分の能力を考えれば「勇気ある撤退」と格好良く言えるが、もし勇気を持って先に進んでいたらどの様な展開になっていただろうか。大雪はシェルパニコルの頂点あたりで遭遇していただろう。その状況を正確には想像できないが、webでも雪で退散した報告はいくつもあるし、過去にも遭難死した情報が多々あった。自分にもう少し冒険心があったら行けたのかと不甲斐なさを恥じる気持ちがあるが、安全第一を考えれば至極当然の決断としておこう。自分はピークハントを目指すクライマーではないのだから。

幸いにして全行程中で誰にも会うことない静寂の山行が出来た、しかも初めての経験となった大雪での移動そしてBC、C1では最高の天候に恵まれた幸運を喜び、ボダナートのお守りに感謝を捧げたい。
                    完